明晴ニュース

『人工内耳をしても手話が必要なわけ』The Conversation誌(動画字幕付き)

The Conversation誌に掲載された、アメリカの3人の研究者による『人工内耳をしても手話が必要なわけ』という記事を紹介します。The Conversation誌は、2011年にオーストラリアで始まった研究者と編集者がタッグを組んだニュースメディアで、信頼性が高いとして知られる雑誌です。

2歳児とお母さんがイギリス手話で会話をする可愛い動画(日本語字幕付き)もあります。ぜひ、ご覧ください。

(原文)

https://theconversation.com/amp/why-sign-language-is-vital-for-all-deaf-babies-regardless-of-cochlear-implant-plans-142956?__twitter_impression=true&s=06

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(訳文)

「もっと」の手話を学んでいるところ
JGI/Jamie Grill via Getty Images

 

ろうの赤ちゃんに人工内耳でも手話が不可欠なのはなぜか
2020年8月31日
キンバリー・A.・ウォルバーズ、リーラ・ホルコム、クリスティナ・バーンハルト
テネシー大学


自分たちの生まれたばかりの赤ちゃんが聴覚検査で聞こえないとわかった時、クインとカイは取り乱しました。小児科医は人工内耳というものがありますよと言ってふたりを安心させました。人工内耳は、体外と体内、つまり耳の後ろに着ける部分と、皮膚の下に手術して入れる部品とで構成された電子デバイスです。聴神経に電気刺激を与えることで、ある程度聴力が回復できる可能性がある仕組みです。
「ケーシーは一般校に行って他の子どもたちと同じように聞いて話せるようになるだろうと言われました」クインは私たちに話してくれました。「医師からは、息子が聞こえる子であるように話しかけ、手話は学ばないように言われたのです。なぜなら手話は音声言語の発達を妨げるからと。」数年後、ケーシーは言葉を少し発するようになりましたが、言葉の発達水準には達していませんでした。クインとカイの話は、ろう児を持つ親にはとてもよくあることです。
ろう教育における言語とリテラシーの研究者として、わたしたちは、ケーシーのような人工内耳をつけられたろう児が、言語や論理的推察力が十分でない状態で就学することになるのを、これまで何度も見てきています。
9月は国際ろう啓発月間です。わたしたちは、よくある誤解―それはろうの子どもたちを傷つけかねないし、しばしば傷つけてしまっている―を正したいと思っています。


人工内耳の“成功”
人工内耳は聴者のように聞こえるようになると証明されたものではありません。入ってくる音の意味を判断できるように脳を訓練するためには、子どもたちは手術後も継続して集中的な治療を受けなければなりません。人工内耳をつけている人が話し言葉をどの程度理解できるかは変動が大きく、話し声やその他の雑音が周囲にあると、その理解力はかなり低下します。
研究によれば、人工内耳の成功度はまちまちです。年齢が低いうちに人工内耳をつけた子どもたちは、もっと年が上になってからつけた子どもたちよりも話し言葉や言語能力が高くなりますが、それでも大部分は平均より「低い」または「はるかに低い」レベルにとどまります。3−6年生で人工内耳をつけた子どもたち136人を対象にした2020年の調査によると、半数が出題された概念の「多く」あるいは「ほとんど」を音声英語で言い表すのが難しいと判定され、13%は英語をまったく話せないと、教師たちは報告しています。

手話と話し言葉の発達
人工内耳装用児の話し言葉の発達が、手話を学ぶことで妨げられるというのは誤解です。その逆であることが、研究で示されています。ろうの両親をもち、手話を第一言語とするろう児たちは、内耳装用後の話し言葉の力が、聞こえる親をもつ手話を学ばなかったろう児たちよりも高くなります。

人工内耳は、幼少期に手話を学ぶ子どもたちに最も効果があります。
Brian Mitchell/Corbis Documentary via Getty Images

学齢期の人工内耳装用児の手話と音声英語の関係についても、研究で示されています。手話の得点が高かった子どもたちは、英語の得点も高かったのです。そして、手話の力が弱い子どもたちは、音声英語にも苦戦していました。
実のところ、手話は脳の発達にとても良いとされており、聞こえる親の中には聴児に手話を教えて脳の発達をうながし、発話よりも先にコミュニケーションを始めている親もいます。

限られた言語発達の機会
人工内耳がうまくいかなかったら、後から手話を導入すればよいという考え方は、言語発達の根本的な事実を無視したものです。


赤ちゃんの脳はちゃんとした発達のために言葉を必要とする
Huntstock via Getty Images

子どもは生まれて数年の間、他の人との関わりがありさえすればスポンジのように言葉を吸収します。意味のある言葉のインプットが遅れれば遅れるほど、言葉を完全には獲得できないリスクが高くなります。生まれてからの5年間が言語獲得の臨界期なのです。
研究によると、この時期より後、つまり話し言葉の発達に失敗した後に手話に触れたろう児は、語彙の習得は早いものの、複雑な文法構造を身につけるには至らないことがわかっています。
言語剥奪による長期的な影響は深刻です。広い範囲の小児期の逆境的体験は、成人後の生活習慣病や健康問題と関わりがあることが知られています。ろう児が経験するコミュニケーションからの疎外やネグレクトは、生理的・心理的反応を引き起こす有害なストレスを生み出します。
子どもの頃の限られたコミュニケーションは、心臓病、肺疾患、糖尿病、高血圧、うつ病、不安障害、慢性的な精神疾患と関連があるのです。
重症例では、言語剥奪(訳注:正常な言語発達のために必要な言語刺激が与えられない状態。ろう児にとっての自然言語である手話にアクセスできない状態を指す)に起因するさまざまな症状で、医療施設に入れられることもあります。彼らは社会情動的スキル、記憶力、問題解決力、判断力に問題を抱えており、それらはすべて、自立して生活する能力に影響を与えうるものです。

医療界におけるオーディズム
人種差別が黒人、先住民、その他の有色人種に対する構造的不平等に根ざしているのと同じように、オーディズム(聴能至上主義。訳注:聞こえることが優れていることを前提とした差別や抑圧)とはろう者に対する制度化された差別のことです。医療界には、ろう児の言語剥奪につながりかねない、聞こえることが絶対だという姿勢や信念が根づいています。
医師は、身体の特定の疾患を治療し、矯正するように養成されています。残念ながら、初期の言語獲得や手話に関する内容は、養成課程には含まれていないでしょう。
ろうの赤ちゃんが生まれると、親は、オーディオロジスト(聴覚専門の医療職)、耳鼻咽喉科医、小児科医などの医療関係者から情報やアドバイスのほとんどを受けることになります。しかし、こうした医師たちは、手話が発話の妨げになると言って手話を勧めないことが多いのです。その結果、ろう児は、どの言語の基礎も身につけずに成長するおそれがあり、そうしたことが人間性を奪い、生活の質を低下させてしまう可能性があります。

進むべき道
私たちは、医療界がろう児に対する手話教育の必要性について正しい知識を得られるようにすべきと考えています。


動画:アバ(24か月)イギリス手話による夕食のおしゃべり

 

家族は赤ちゃんと一緒に手話を学ぶことができます。会話スキルを身につけるには2年、堪能になるには5~7年かかりますが、これは子どもの言語発達の時系列と完全に一致しています。
家族が利用できる無料サービスには、家庭訪問、手話教室、ろう者の助言(メンターシップ)などがあります。全米ろう者協会のような公民権団体と同じように、ろう学校には充実した支援体制が用意されています。ろう児とその家族にとって、ろうコミュニティに参加することがろうの経験への理解や認識を深め、自分たちの言語的なロールモデルを増やすことになります。これにより、長期的な教育上の効果が得られます。
言語剥奪の悲劇的結末は、早期に手話に触れることで完全に避けられます。認識不足こそがすべての妨げとなるのです。

キンバリー・A.・ウォルバーズ
テネシー大学 ろう教育教授

リーラ・ホルコム
テネシー大学 言語・リテラシー博士研究員

ここに報告された研究は、テネシー大学への助成金R324A170086を通じて、米国教育省教育科学研究所の助成を受けた。示された意見は著者の意見であり研究所または米国教育省の見解を表すものではない。
クリスティナ・バーンハルト及びリーラ・ホルコムは、この記事によって利益を得るであろう企業および組織との間に、労働、助言、株式の所有、資金の授受はなく、大学での役職以外の所属はない。
テネシー大学はThe Conversation USのメンバーとして資金(助成)を提供する。

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※本記事の和訳と字幕は明晴学園がConversation誌および動画の原作者(Nick Beese)の許可を得て作成しています。

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